工業用印刷インクの種類と選定ポイント
工業用印刷では、電子部品の回路形成から製品の銘板印刷まで、様々な用途でインクが使われます。しかし、インクの種類は非常に多く、それぞれ特性が大きく異なります。適切なインクを選ばないと、密着不良、耐久性不足、環境問題など、様々なトラブルが発生します。
この記事では、工業用印刷インクの主な種類から、それぞれの特徴、選定時に考慮すべきポイントまで、製造現場に初めて関わる人でも理解できるように解説します。
工業用印刷インクとは
工業用印刷インクとは、製造業で使用される機能性を重視したインクの総称です。
一般的な紙への印刷用インクとは、以下の点で大きく異なります。
| 項目 | 一般印刷用インク | 工業用印刷インク |
|---|---|---|
| 目的 | 情報伝達、装飾 | 機能付与、耐久性確保 |
| 対象材料 | 主に紙 | 金属、樹脂、ガラス、セラミックスなど |
| 求められる性能 | 発色、速乾性 | 密着性、耐久性、機能性 |
| 使用環境 | 室内、比較的穏やか | 屋外、高温、薬品接触など過酷な環境 |
| コスト | 比較的安価 | 高機能で高価 |
工業用インクは、単に色を付けるだけでなく、製品の性能や寿命を左右する重要な材料です。
インクの基本構成
インクは、主に以下の成分で構成されています。
1. 顔料・染料(着色剤)
色を出す成分です。
- 顔料:粒子状の色材。耐光性・耐候性に優れる。隠蔽性が高い
- 染料:溶解する色材。透明性が高く鮮やか。耐久性は顔料より劣る
工業用インクでは、耐久性を重視して顔料が使われることが多いです。
2. 樹脂(バインダー)
顔料を基材に固着させる成分です。密着性や耐久性を左右します。
- アクリル樹脂
- ポリウレタン樹脂
- エポキシ樹脂
- ビニル樹脂など
3. 溶剤(ビヒクル)
顔料と樹脂を溶かして、印刷しやすい粘度にする液体です。
- 有機溶剤(トルエン、キシレン、アルコールなど)
- 水
- 無溶剤(UV硬化型の場合)
4. 添加剤
性能を向上させるために加えられる成分です。
- 乾燥促進剤
- 表面調整剤
- 消泡剤
- 安定剤
- 増粘剤など
工業用印刷インクの主な種類
工業用インクは、乾燥・硬化方法によって大きく分類されます。
1. 溶剤型インク
有機溶剤を含むインクで、工業用印刷で最も広く使われています。
特徴
- 密着性:優れている。様々な材料に対応
- 乾燥速度:速い(溶剤の揮発による乾燥)
- 耐久性:良好
- 作業性:粘度調整が容易
- コスト:比較的安価
注意点
- 環境負荷:VOC(揮発性有機化合物)を排出
- 安全性:引火性があり、換気が必要
- 健康への影響:溶剤の吸入に注意
- 規制:環境規制により使用制限がある地域も
主な用途
- 金属への印刷(銘板、操作パネルなど)
- プラスチックへの印刷
- スクリーン印刷
- パッド印刷
代表的な溶剤の種類
- 芳香族系:トルエン、キシレン。溶解力が強い
- エステル系:酢酸エチル。バランスが良い
- ケトン系:MEK、アセトン。速乾性
- アルコール系:IPA、エタノール。比較的安全
2. UV硬化型インク
紫外線(UV)を照射することで瞬間的に硬化するインクです。近年、使用が拡大しています。
特徴
- 速硬化:UV照射後、数秒で硬化
- 環境負荷小:溶剤をほとんど含まない
- 高生産性:乾燥時間が不要
- 硬い皮膜:耐摩耗性に優れる
- 鮮やかな発色:顔料濃度を高くできる
注意点
- 密着性:基材によっては密着しにくい。プライマーが必要な場合も
- 設備投資:UV照射装置が必要
- インクコスト:溶剤型より高価
- 収縮:硬化時に収縮し、内部応力が発生することがある
- 影の部分:UV光が届かない部分は硬化しない
主な用途
- インクジェット印刷
- フラットスクリーン印刷
- オフセット印刷
- ラベル・シール印刷
UV硬化の仕組み
UV光を照射すると、光重合開始剤が反応し、樹脂が連鎖的に重合して固化します。熱を使わないため、熱に弱い材料にも使用できます。
3. 水性インク
水を主溶媒とするインクです。環境への配慮から注目されています。
特徴
- 環境に優しい:VOCがほとんどない
- 安全性:引火性がない
- 作業環境:臭いが少ない
- コスト:比較的安価
注意点
- 乾燥速度:溶剤型より遅い
- 密着性:金属や樹脂には密着しにくい
- 耐水性:水に弱い場合がある
- 凍結:冬季の保管に注意
- 対応材料:紙、段ボール、一部の処理済み樹脂に限定
主な用途
- 段ボール印刷
- 紙器印刷
- 一部のフレキソ印刷
- 布地への印刷
4. 焼付型インク
印刷後に高温(150〜200℃程度)で焼き付けて硬化させるインクです。
特徴
- 密着性:非常に高い
- 耐久性:優れた耐候性、耐薬品性、耐摩耗性
- 硬い皮膜:強固な塗膜が形成される
- 長期安定性:屋外使用でも長持ち
注意点
- 焼付設備:乾燥炉が必要
- 製造時間:焼付に時間がかかる(30分〜1時間)
- 熱に弱い材料:使用できない
- エネルギー消費:電気・ガスの使用量が多い
主な用途
- 自動車部品
- 家電製品の外装
- 屋外機器
- 金属製の銘板
5. 導電性インク
電気を通す特性を持つ機能性インクです。
特徴
- 電気伝導性:電気回路を印刷で形成できる
- 材料:銀、銅、カーボン、導電性高分子など
- フレキシブル:曲げられる回路が作れる
注意点
- 高価:特に銀系は高コスト
- 酸化:銅系は酸化しやすい
- 抵抗値管理:印刷条件で電気抵抗が変わる
主な用途
- プリント基板
- タッチパネル
- フレキシブル回路
- RFIDアンテナ
- 有機EL照明
6. 絶縁性インク
電気を通さない特性を持つインクです。
主な用途
- 電子回路の絶縁層
- レジスト(保護膜)
- 誘電体層
インク選定時の考慮ポイント
適切なインクを選定するには、以下の要素を総合的に判断する必要があります。
1. 基材(印刷対象物)の種類
何に印刷するかで、選べるインクが決まります。
金属(鉄、ステンレス、アルミなど)
- 適合インク:溶剤型、UV硬化型、焼付型
- ポイント:前処理(脱脂、プライマー)が重要
プラスチック(ABS、PC、PP、PEなど)
- 適合インク:溶剤型(樹脂に合わせた溶剤選択)、UV硬化型
- ポイント:樹脂の種類によって溶剤の影響が異なる。表面処理が必要な場合が多い
ガラス・セラミックス
- 適合インク:焼付型、UV硬化型
- ポイント:表面が平滑で密着しにくい。専用プライマーの使用が効果的
紙・段ボール
- 適合インク:水性、UV硬化型、溶剤型(低VOC)
- ポイント:吸水性があるため、水性インクが使いやすい
2. 使用環境
製品がどのような環境で使われるかを考慮します。
屋内使用
- 比較的穏やかな環境
- 耐候性の要求は低い
- 溶剤型、UV硬化型が一般的
屋外使用
- 紫外線、雨、温度変化にさらされる
- 高い耐候性が必要
- 焼付型インクが推奨される
- UV硬化型でも耐候性グレードを選択
高温環境
- エンジンルーム、厨房機器など
- 耐熱性インク(焼付型、シリコーン系)を選択
- 使用温度範囲を確認
薬品接触
- 化学工場、医療機器など
- 耐薬品性の高いインク(焼付型、エポキシ系)を選択
- 接触する薬品に対する耐性を確認
食品接触
- 食品接触面には、食品衛生法適合インクを使用
- 間接接触(外装)でも、移行試験をクリアしたインクを選択
3. 求められる性能
密着性
- 剥がれないことが最重要
- 基材に合ったインクと前処理を選択
- テープ剥離試験で確認
耐摩耗性
- 触れる頻度が高い部分(ボタン、取っ手など)
- 硬い皮膜が形成されるインク(UV硬化型、焼付型)を選択
耐候性
- 屋外使用や窓際での使用
- 焼付型、耐候性UV硬化型を選択
- 促進耐候性試験で確認
耐薬品性
- アルコール、洗剤、油などへの耐性
- 化学的に安定した樹脂系のインク(エポキシ、ウレタン)を選択
柔軟性
- 曲げ加工がある場合
- 柔軟性のあるインク(ウレタン系、軟質UV硬化型)を選択
4. 印刷方式
印刷方法によって、適したインクの粘度や特性が異なります。
| 印刷方式 | 適したインクの粘度 | 主なインクタイプ |
|---|---|---|
| スクリーン印刷 | 高粘度(ペースト状) | 溶剤型、UV硬化型、焼付型 |
| パッド印刷 | 低〜中粘度 | 溶剤型(速乾性) |
| インクジェット | 低粘度(水のよう) | UV硬化型、溶剤型、水性 |
| グラビア印刷 | 低粘度 | 溶剤型、水性 |
| オフセット印刷 | 中粘度(練り歯磨き状) | UV硬化型、油性 |
5. 生産性とコスト
乾燥・硬化時間
- 速い:UV硬化型(数秒)、溶剤型(数分〜数十分)
- 遅い:水性(数十分〜数時間)、焼付型(30分〜1時間)
インクコスト
- 安価:溶剤型、水性
- 中程度:UV硬化型、焼付型
- 高価:導電性インク、特殊機能性インク
設備投資
- 不要:溶剤型、水性
- 必要:UV硬化型(UV照射装置)、焼付型(乾燥炉)
6. 環境・安全性
環境負荷
- 低い:水性、UV硬化型
- 高い:溶剤型(VOC排出)
作業環境
- 良好:水性(臭いが少ない)、UV硬化型(溶剤なし)
- 要注意:溶剤型(換気必要、引火性あり)
法規制
- VOC排出規制(大気汚染防止法)
- PRTR法(化学物質管理)
- RoHS指令(有害物質使用制限)
- REACH規則(化学物質規制)
- 食品衛生法(食品接触材料)
インク選定の実践ステップ
実際にインクを選定する際の手順を示します。
ステップ1:要求仕様の整理
以下の項目を明確にします。
- 基材の種類
- 使用環境(屋内/屋外、温度、薬品接触など)
- 求められる性能(密着性、耐久性など)
- 印刷方式
- 生産数量
- コスト制約
- 環境・法規制要求
ステップ2:候補インクの絞り込み
要求仕様に基づいて、適合するインクタイプを絞り込みます。
ステップ3:インクメーカーへの相談
インクメーカーの技術担当者に相談し、推奨グレードを提案してもらいます。
- 基材サンプルを提供
- 使用条件を詳しく説明
- 複数のメーカーから提案を受ける
ステップ4:試作評価
候補インクで実際に印刷し、評価します。
- 印刷性:作業のしやすさ、仕上がり
- 密着性:テープ剥離試験
- 耐久性:耐摩耗試験、耐候性試験、耐薬品試験
- 外観:発色、光沢、均一性
ステップ5:量産試験
実際の生産条件で試験生産を行い、問題がないか確認します。
- 印刷条件の最適化
- 品質の安定性確認
- 作業性の確認
ステップ6:正式採用
問題がなければ、正式にインクを採用し、標準化します。
- 印刷条件の文書化
- 品質基準の設定
- 作業標準の作成
インク管理のポイント
適切なインクを選定した後も、適切な管理が重要です。
保管管理
- 温度:5〜30℃程度(インクにより異なる)
- 直射日光:避ける
- 密閉:容器を密閉し、溶剤の揮発を防ぐ
- 先入先出:古いものから使用
- 使用期限:メーカー指定の期限を守る
使用時の管理
- 攪拌:使用前に十分攪拌し、顔料を均一にする
- 粘度調整:必要に応じて溶剤で希釈(メーカー指定の溶剤を使用)
- 濾過:ゴミや固まりを除去
- 作業環境:適切な温度・湿度を保つ
廃棄処理
- 産業廃棄物として適切に処理
- 排水に流さない
- 焼却処理または専門業者に委託
- 関連法規を遵守
よくあるトラブルと対策
トラブル1:密着不良
原因:基材とインクの不適合、前処理不足
対策:
- 基材に適合したインクを選定
- 前処理(脱脂、プライマー、表面処理)を徹底
- インクメーカーに相談
トラブル2:乾燥不良
原因:乾燥条件不足、インク層が厚すぎる
対策:
- 乾燥温度・時間を適正化
- インク量を減らす
- 乾燥促進剤を添加
トラブル3:色ムラ
原因:インクの攪拌不足、顔料沈降
対策:
- 使用前に十分攪拌
- 定期的に攪拌しながら使用
- 長期保管したインクは使用前に顔料沈降を確認
トラブル4:インクの変質
原因:保管期間が長すぎる、保管温度が不適切
対策:
- 使用期限を守る
- 適切な温度で保管
- 密閉保管し、溶剤の揮発を防ぐ
トラブル5:環境規制違反
原因:VOC排出量超過、有害物質の使用
対策:
- 低VOCインクへの切り替え
- 水性やUV硬化型への移行
- 排気処理装置の設置
- 使用量の管理と報告
まとめ
工業用印刷インクの選定は、製品の品質と生産性を左右する重要な要素です。
重要なポイント:
- 工業用インクは機能性と耐久性を重視した専門的な材料
- 主なインクタイプは溶剤型、UV硬化型、水性、焼付型、導電性、絶縁性
- 基材、使用環境、求められる性能に応じて適切なインクを選定
- 印刷方式によって適したインクの粘度や特性が異なる
- 環境負荷と法規制への対応も選定時の重要な要素
- 試作評価と量産試験で実際の性能を確認することが不可欠
- 適切な保管管理と使用管理で品質を維持
インク選定は、技術的な知識だけでなく、実際の試験と評価が重要です。インクメーカーの技術サポートを活用しながら、自社の用途に最適なインクを見つけることが、高品質な工業印刷を実現する鍵となります。適切なインクを選び、正しく管理することで、安定した品質と生産性を確保できるでしょう。


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